うーんどうもまだまだ釈然としないものがあります。
先稿で、ヴァイオリンの弦と弓の素材の組み合わせの妙を考えました。
そしてこれは実は弓の毛と松脂の組み合わせの発見こそが重大であったことが分かりました。
そもそもの最初は竹で弦を擦っていたのです。
そこで自分で棒でヴァイオリンを弾いて見ました。
確かに音は出ます。
そういえば、弓の木の部分で弾くコル・レーニョという奏法があったっけ。
しかしいかにも音量が少ないです。
ためしに、棒に松脂を塗って弾いてみました。
おー成る程こうすると確かに音は大きくなります。
しかしこれではまだまだ、いい音・・・とは言えるレベルではありません。
なのに少なくともこの原始的な楽器は3・400年生き続けるのですから、
さぞかし人々はこの楽器をこよなく愛していたのでしょう。
それははじいて音を出す撥弦楽器とは全く異なる連続音に、
人々は魅せられたに違いありません。
それに、恐らくは中にはやはり達人・名人という者がいて、
松脂の効果も知っていていい音を出していたのかもしれません。
竹は東南アジアで自生していますので、当時の中国地方に活動していたチュルク族という遊牧民族がこういう楽器を使用していたらしい。
でこの遊牧民族が何らかの理由で西方大移動をしなければならなくなった・・・。
とすると、竹のない地方への移動ということですから、竹に代わる何かを見つけねばならなかった・・・。
と、こんなストーリーが想像されます。
遊牧民族ですから馬や弓は日常的に身近な存在であったことでしょう。
竹の代わりに弓に馬の尻尾の毛を張った・・・
さてある日、この馬の尻尾の毛に松脂を塗ってみた人がいた・・・という飛躍は無理でしょうか・・・。
と、ここまで考えたとき、奇跡が起こりました。
ネットで弓のことを調べていたら「てぐすねを引いて待つ」という言葉に出くわしました。
これはまさしくれっきとした日本の言葉です。
広辞苑で調べてみると「手にくすねを引く」とあります。
更に「くすね」を調べると、「松脂と油を混ぜ合わせ、煮て練ったもの。粘着力強く、糸・弓弦などに塗って強くする。」とあるではありませんか!
つまり、人が狩猟をするとき、弓の弦(つる)を引いて獲物が射程距離に来るのをじっと待つことを、
てぐすね引いて待つという表現をしたのです。
つまり、つるを引くということは即ちこの松脂と油を混ぜた「粘着財」そのものを引くということなんですね。
日本にこんな言葉があるぐらいですから、これはもう大陸方面の放牧民族には当たり前のことと推察されます。
弦の材質には、皮革、毛、腱(けん)、トウ、木の繊維などが用いられたようですが、
こんなにいろいろなものを使っていたのですからひょっとしたら馬の尻尾を使っていたってこともあるかもしれません。
馬の尻尾ですが、この使い道は今では釣り糸やブラシあるいは服地の一部に使っているようですが、
昔はどうだったのか・・・。
もうこのあたりになってくると想像の域を出ませんが、
かなり接近してきたことは確かなようです。
かくして人類は、馬の尻尾の毛が非常に良く松脂となじんで容易にはがれないことを知ったのです。
これで弦を擦ってみたら素晴らしくいい音がした・・・。
先稿でもこのことに触れましたが、初めて擦ってみていい音を出すと言う超天才がいたのに違いありません。
例のNYVの番組の記事を読みますと、
街行く人にいきなりヴァイオリンを弾いてもらったそうです。
勿論これまでヴァイオリンに触ったこともない人ばかりですから、
みなさんギーギー言わせていたようですが、30人目で綺麗な音を出せた人がいたとか。
・・・ということは超のつく天才ではなくとも、綺麗な音は出せると言うことのようです。
もしかしたらこの人は超のつく天才だったのかもしれませんが・・・。
いずれにしても、
最初のうちは竹で弾いていた擦弦楽器。7世紀ごろと言われています。
それが竹のない環境で代替品が要求された。
遊牧民族の必需品だった弓にはごく普通に松脂を使っていた。
また身近な存在としての馬がいた。
これだけの条件が揃って、ついに馬の尻尾を弓に張り、
補強材の松脂を塗って弦を擦ってみる人が現れた・・・。
これが11世紀頃だそうです。
このような楽器がイタリア方面へ伝わったのが13世紀頃と言われています。
かくして16世紀の初め、北イタリアに突如としてヴァイオリンの形で出現した。
・・・とまぁ、このあたりが当たらずとも遠からじ・・・と言ったところでしょうか。
はぁ、やっとスッキリしました。
先稿で、ヴァイオリンの弦と弓の素材の組み合わせの妙を考えました。
そしてこれは実は弓の毛と松脂の組み合わせの発見こそが重大であったことが分かりました。
そもそもの最初は竹で弦を擦っていたのです。
そこで自分で棒でヴァイオリンを弾いて見ました。
確かに音は出ます。
そういえば、弓の木の部分で弾くコル・レーニョという奏法があったっけ。
しかしいかにも音量が少ないです。
ためしに、棒に松脂を塗って弾いてみました。
おー成る程こうすると確かに音は大きくなります。
しかしこれではまだまだ、いい音・・・とは言えるレベルではありません。
なのに少なくともこの原始的な楽器は3・400年生き続けるのですから、
さぞかし人々はこの楽器をこよなく愛していたのでしょう。
それははじいて音を出す撥弦楽器とは全く異なる連続音に、
人々は魅せられたに違いありません。
それに、恐らくは中にはやはり達人・名人という者がいて、
松脂の効果も知っていていい音を出していたのかもしれません。
竹は東南アジアで自生していますので、当時の中国地方に活動していたチュルク族という遊牧民族がこういう楽器を使用していたらしい。
でこの遊牧民族が何らかの理由で西方大移動をしなければならなくなった・・・。
とすると、竹のない地方への移動ということですから、竹に代わる何かを見つけねばならなかった・・・。
と、こんなストーリーが想像されます。
遊牧民族ですから馬や弓は日常的に身近な存在であったことでしょう。
竹の代わりに弓に馬の尻尾の毛を張った・・・
さてある日、この馬の尻尾の毛に松脂を塗ってみた人がいた・・・という飛躍は無理でしょうか・・・。
と、ここまで考えたとき、奇跡が起こりました。
ネットで弓のことを調べていたら「てぐすねを引いて待つ」という言葉に出くわしました。
これはまさしくれっきとした日本の言葉です。
広辞苑で調べてみると「手にくすねを引く」とあります。
更に「くすね」を調べると、「松脂と油を混ぜ合わせ、煮て練ったもの。粘着力強く、糸・弓弦などに塗って強くする。」とあるではありませんか!
つまり、人が狩猟をするとき、弓の弦(つる)を引いて獲物が射程距離に来るのをじっと待つことを、
てぐすね引いて待つという表現をしたのです。
つまり、つるを引くということは即ちこの松脂と油を混ぜた「粘着財」そのものを引くということなんですね。
日本にこんな言葉があるぐらいですから、これはもう大陸方面の放牧民族には当たり前のことと推察されます。
弦の材質には、皮革、毛、腱(けん)、トウ、木の繊維などが用いられたようですが、
こんなにいろいろなものを使っていたのですからひょっとしたら馬の尻尾を使っていたってこともあるかもしれません。
馬の尻尾ですが、この使い道は今では釣り糸やブラシあるいは服地の一部に使っているようですが、
昔はどうだったのか・・・。
もうこのあたりになってくると想像の域を出ませんが、
かなり接近してきたことは確かなようです。
かくして人類は、馬の尻尾の毛が非常に良く松脂となじんで容易にはがれないことを知ったのです。
これで弦を擦ってみたら素晴らしくいい音がした・・・。
先稿でもこのことに触れましたが、初めて擦ってみていい音を出すと言う超天才がいたのに違いありません。
例のNYVの番組の記事を読みますと、
街行く人にいきなりヴァイオリンを弾いてもらったそうです。
勿論これまでヴァイオリンに触ったこともない人ばかりですから、
みなさんギーギー言わせていたようですが、30人目で綺麗な音を出せた人がいたとか。
・・・ということは超のつく天才ではなくとも、綺麗な音は出せると言うことのようです。
もしかしたらこの人は超のつく天才だったのかもしれませんが・・・。
いずれにしても、
最初のうちは竹で弾いていた擦弦楽器。7世紀ごろと言われています。
それが竹のない環境で代替品が要求された。
遊牧民族の必需品だった弓にはごく普通に松脂を使っていた。
また身近な存在としての馬がいた。
これだけの条件が揃って、ついに馬の尻尾を弓に張り、
補強材の松脂を塗って弦を擦ってみる人が現れた・・・。
これが11世紀頃だそうです。
このような楽器がイタリア方面へ伝わったのが13世紀頃と言われています。
かくして16世紀の初め、北イタリアに突如としてヴァイオリンの形で出現した。
・・・とまぁ、このあたりが当たらずとも遠からじ・・・と言ったところでしょうか。
はぁ、やっとスッキリしました。
先稿で、ヴァイオリンの弦と弓毛の素材に何を使うかの組み合わせの話をしました。
そして、超天才が羊の腸と馬の尻尾の組み合わせを発見したと書きました。
しかしまたまた大きな疑問が出てきました。
それは松脂の存在です。
御承知のように、弓毛は松脂を塗っておかなければ音は出ません。
ですからことはそんなに単純ではないぞーと思えてきました。
恐らく最初は、松脂の必要性まで予見できなかったことでしょう。
たとえ羊と馬の組み合わせを発見できたとしても、
また初めて弾いてみていきなりヴァイオリンの音が出せた人がいたとしても、
松脂を塗らなければ話にならない。
ここでどうしても「ヴァイオリンはどうして発音されるのか」という問題に行き当たります。
この問題にあるテレビ番組が扱ったことがありました。
残念ながら私は見なかったのですが、そのホームページに過去の番組内容として紹介しているのを引用させていただきます。
(NTVのホームページより引用)
ハイスピードカメラでバイオリンの音の出る瞬間を見てみると、弦が細かく揺れているのが分りました。つまり、松脂を塗った弓を動かすと弦が松脂の粘着力に引っ張られ、その摩擦力が限界になったところで弓から離れて揺れるのです。バイオリンはこの摩擦の力でなんと1秒間に数百回もの目には見えない細かな揺れを作り出し、これが人の耳には1つの連続した音に聞こえていたのです。
(以上)
つまり、発音の原動力は松脂そのものだったことが分かります。
私はどうしてもこれまで馬の毛ばかりに気を取られてました。
馬の毛にはうろこのような突起があってそれが弦をひっかいて音を出す・・・ような理屈は誤解だったようです。
はっきり分かりました!
馬の毛は直接弦を引っかいていたわけではなく、
松脂がその粘着力で弦を引っ張っては離すという作業の繰り返しにより弦が振動していたのです。
そうすると、一体馬の毛を選んだのは何故かということになりますが、
これは恐らく松脂が強固にこびりつく相手として馬の毛が最も相性が良かったのではないでしょうか。
電子顕微鏡の写真を見ると、松脂の粒が毛の周りにまんべんなく均一にこびりついているのが分かります。
そして一度こびりつくと少々拭き取ろうとしても取れないらしい。(マイスター佐々木氏)
これは馬の毛のいわゆるキューティクルの状態や材質が松脂の吸着条件に合致しているのでしょう。
いわゆる擦弦楽器は、中国で7世紀頃には存在していたらしい。
そしてその頃は弦は竹で擦っていたといいます。
これが馬の毛の弓に変ったのが11世紀頃に出現した「馬尾胡琴」だそうです。
この馬尾という文字がいかにも・・・ですね。
そして中国産の松脂はこれまた「馬尾松」という松から採取されるとか。
いやー知れば知るほど深く神秘的ですねー。
こうなってくると単に超天才が発見した・・・なんて安易な発想では解決できないものがまだまだ潜んでいるようです。
こう考えましたがいかがでしょう。
つまり、最初の頃は竹で擦って音を出していたがどうにもすべりやすくてちゃんとした音にならない。
そこで何かねちゃつくものを探しているうちに松脂に出くわした。
それで最初のうちは竹に松脂をこすり付けて音を出していたが、
松脂はすぐにとれてしまいます。
そしてなにか良くくっつくものを探しているうちに馬の毛に到達した・・・。
つまり、弦を竹で擦ると良い音が出ることは分かっていた、
あとはその音をより持続できる松脂をしっかり吸着してくれる素材を探すだけだった・・・
ということになるのではないでしょうか。
そして、超天才が羊の腸と馬の尻尾の組み合わせを発見したと書きました。
しかしまたまた大きな疑問が出てきました。
それは松脂の存在です。
御承知のように、弓毛は松脂を塗っておかなければ音は出ません。
ですからことはそんなに単純ではないぞーと思えてきました。
恐らく最初は、松脂の必要性まで予見できなかったことでしょう。
たとえ羊と馬の組み合わせを発見できたとしても、
また初めて弾いてみていきなりヴァイオリンの音が出せた人がいたとしても、
松脂を塗らなければ話にならない。
ここでどうしても「ヴァイオリンはどうして発音されるのか」という問題に行き当たります。
この問題にあるテレビ番組が扱ったことがありました。
残念ながら私は見なかったのですが、そのホームページに過去の番組内容として紹介しているのを引用させていただきます。
(NTVのホームページより引用)
ハイスピードカメラでバイオリンの音の出る瞬間を見てみると、弦が細かく揺れているのが分りました。つまり、松脂を塗った弓を動かすと弦が松脂の粘着力に引っ張られ、その摩擦力が限界になったところで弓から離れて揺れるのです。バイオリンはこの摩擦の力でなんと1秒間に数百回もの目には見えない細かな揺れを作り出し、これが人の耳には1つの連続した音に聞こえていたのです。
(以上)
つまり、発音の原動力は松脂そのものだったことが分かります。
私はどうしてもこれまで馬の毛ばかりに気を取られてました。
馬の毛にはうろこのような突起があってそれが弦をひっかいて音を出す・・・ような理屈は誤解だったようです。
はっきり分かりました!
馬の毛は直接弦を引っかいていたわけではなく、
松脂がその粘着力で弦を引っ張っては離すという作業の繰り返しにより弦が振動していたのです。
そうすると、一体馬の毛を選んだのは何故かということになりますが、
これは恐らく松脂が強固にこびりつく相手として馬の毛が最も相性が良かったのではないでしょうか。
電子顕微鏡の写真を見ると、松脂の粒が毛の周りにまんべんなく均一にこびりついているのが分かります。
そして一度こびりつくと少々拭き取ろうとしても取れないらしい。(マイスター佐々木氏)
これは馬の毛のいわゆるキューティクルの状態や材質が松脂の吸着条件に合致しているのでしょう。
いわゆる擦弦楽器は、中国で7世紀頃には存在していたらしい。
そしてその頃は弦は竹で擦っていたといいます。
これが馬の毛の弓に変ったのが11世紀頃に出現した「馬尾胡琴」だそうです。
この馬尾という文字がいかにも・・・ですね。
そして中国産の松脂はこれまた「馬尾松」という松から採取されるとか。
いやー知れば知るほど深く神秘的ですねー。
こうなってくると単に超天才が発見した・・・なんて安易な発想では解決できないものがまだまだ潜んでいるようです。
こう考えましたがいかがでしょう。
つまり、最初の頃は竹で擦って音を出していたがどうにもすべりやすくてちゃんとした音にならない。
そこで何かねちゃつくものを探しているうちに松脂に出くわした。
それで最初のうちは竹に松脂をこすり付けて音を出していたが、
松脂はすぐにとれてしまいます。
そしてなにか良くくっつくものを探しているうちに馬の毛に到達した・・・。
つまり、弦を竹で擦ると良い音が出ることは分かっていた、
あとはその音をより持続できる松脂をしっかり吸着してくれる素材を探すだけだった・・・
ということになるのではないでしょうか。
私は18・9の頃ヴァイオリンと言う楽器に魅せられ、
学生時代はもうかんかんになって練習した思い出があります。
これほど人を惹き付けるヴァイオリンと言う楽器、
16世紀の初め北イタリアの小さな町に突如として出現したと言います。
しかもこれ以上改良の余地がないとさえ言われるほどの完成度で。
その頃はまだヴィヨーム族楽器の全盛時であったとされます。
そこへ突如として非常に強い音の出るヴァイオリンが出現しました。
当時、音楽は貴族のもので主として宮殿で弾かれる事が多かったと言われます。
石造りの宮殿では、ヴィヨーム族の柔らかいしっとりした音が良く合っていたのでしょう。
ヴァイオリンの強い音は下品とされていたそうです。
それが音楽が庶民のものとなるにつれ、
ホールで弾かれるようになってきてヴァイオリンの時代がやってきた・・・。
ということのようです。
ヴァイオリンに限らず、当時いろんなタイプの擦弦楽器が演奏されていたそうです。
ヴィオラ・ダモーレやヴィオラ・ダガンバ、ヴィオラ・ダブラッチョ等々は有名ですが、
ほかにもヴィオラ・・・なんとかという楽器がたくさんあったらしいです。
つまり、擦弦楽器には常にヴィオラという名前がついて回ったと言います。
どうやらヴィオラというのは擦弦楽器の総称であったらしい。
その中へ強い音や高音を得意とするヴァイオリンが登場した。
人々はその楽器にヴィオリーノという名前をつけました。
これはイタリア語で「小さいヴィオラ」という意味だそうです。
そしてほかの擦弦楽器と同じく、羊の腸の硬い繊維質の部分を細く切り取ってより合せた弦を、
馬の尻尾から作った毛でこすって音を出す・・・。
しかしこれ、なんとすごい発明だと思いませんか。
私はこれまで多くのいろんなアマチュアのヴァイオリン奏者を見てきました。
しかしその中でヴァイオリンらしい音を出す方は本当に少ないものです。
確かに、良い指導者に恵まれ、本人のたゆまない努力があって、
ある日突然音が変るときがやって来る・・・
そういう一朝一夕では達成できない難しいことには違いありません。
そうだとしますと、すごい大きな疑問がわいてくるのです。
この羊の腸の弦を馬の尻尾でこすったらいい音が出ることを一体誰が知っていたのでしょうか?
誰でも初めてこの楽器を弾いたときは、初心者特有のいわゆる「のこぎりの目立て」
のような音が出るはずです。
普通、こんな音が出たら「あぁこの組み合わせはダメだ」って思うのではないでしょうか。
しかし、全くその気配はなく地道に広まっていったのです。
これはどういうことなんでしょう、本当に不思議です。
これは、そのうち絶対にいい音が出る日がやって来るとの確信がなければこうはなりません。
ですから私はこう思うのです。
この組み合わせを考案した人物は、超のつく天才だったに違いありません。
ですから、初めてこの組み合わせである擦弦楽器を弾いたときからもう既に、
素晴らしくいい音で弾くことが出来たのでしょう。
それで「おぉ!この組み合わせは良い!!」ということになった・・・。
ちょっと信じられないことではありますが、こう考えないことにはどうにも説明がつきません。
しかし世の中にはすごい能力を持った方がいることも間違いのないことで、
初めてヴァイオリンを弾いたとき、
既にもうちゃんとヴァイオリンの音を出せた人がいても不思議はない、
と本当にそう思えてきた今日この頃です。
学生時代はもうかんかんになって練習した思い出があります。
これほど人を惹き付けるヴァイオリンと言う楽器、
16世紀の初め北イタリアの小さな町に突如として出現したと言います。
しかもこれ以上改良の余地がないとさえ言われるほどの完成度で。
その頃はまだヴィヨーム族楽器の全盛時であったとされます。
そこへ突如として非常に強い音の出るヴァイオリンが出現しました。
当時、音楽は貴族のもので主として宮殿で弾かれる事が多かったと言われます。
石造りの宮殿では、ヴィヨーム族の柔らかいしっとりした音が良く合っていたのでしょう。
ヴァイオリンの強い音は下品とされていたそうです。
それが音楽が庶民のものとなるにつれ、
ホールで弾かれるようになってきてヴァイオリンの時代がやってきた・・・。
ということのようです。
ヴァイオリンに限らず、当時いろんなタイプの擦弦楽器が演奏されていたそうです。
ヴィオラ・ダモーレやヴィオラ・ダガンバ、ヴィオラ・ダブラッチョ等々は有名ですが、
ほかにもヴィオラ・・・なんとかという楽器がたくさんあったらしいです。
つまり、擦弦楽器には常にヴィオラという名前がついて回ったと言います。
どうやらヴィオラというのは擦弦楽器の総称であったらしい。
その中へ強い音や高音を得意とするヴァイオリンが登場した。
人々はその楽器にヴィオリーノという名前をつけました。
これはイタリア語で「小さいヴィオラ」という意味だそうです。
そしてほかの擦弦楽器と同じく、羊の腸の硬い繊維質の部分を細く切り取ってより合せた弦を、
馬の尻尾から作った毛でこすって音を出す・・・。
しかしこれ、なんとすごい発明だと思いませんか。
私はこれまで多くのいろんなアマチュアのヴァイオリン奏者を見てきました。
しかしその中でヴァイオリンらしい音を出す方は本当に少ないものです。
確かに、良い指導者に恵まれ、本人のたゆまない努力があって、
ある日突然音が変るときがやって来る・・・
そういう一朝一夕では達成できない難しいことには違いありません。
そうだとしますと、すごい大きな疑問がわいてくるのです。
この羊の腸の弦を馬の尻尾でこすったらいい音が出ることを一体誰が知っていたのでしょうか?
誰でも初めてこの楽器を弾いたときは、初心者特有のいわゆる「のこぎりの目立て」
のような音が出るはずです。
普通、こんな音が出たら「あぁこの組み合わせはダメだ」って思うのではないでしょうか。
しかし、全くその気配はなく地道に広まっていったのです。
これはどういうことなんでしょう、本当に不思議です。
これは、そのうち絶対にいい音が出る日がやって来るとの確信がなければこうはなりません。
ですから私はこう思うのです。
この組み合わせを考案した人物は、超のつく天才だったに違いありません。
ですから、初めてこの組み合わせである擦弦楽器を弾いたときからもう既に、
素晴らしくいい音で弾くことが出来たのでしょう。
それで「おぉ!この組み合わせは良い!!」ということになった・・・。
ちょっと信じられないことではありますが、こう考えないことにはどうにも説明がつきません。
しかし世の中にはすごい能力を持った方がいることも間違いのないことで、
初めてヴァイオリンを弾いたとき、
既にもうちゃんとヴァイオリンの音を出せた人がいても不思議はない、
と本当にそう思えてきた今日この頃です。
予想以上の自民党の惨敗。
ここまで民主党に数を与えてしまった日本民族・・・。
こうなった以上、民主党に数をお与えになった日本の皆様におかれましては、
どうぞこれから彼らが何をするかをよーく観察されんことをひたすら願うばかりです。
そして民主党の正体を見極めて欲しいと思います。
具体的には、あるいは「よくやってくれた」と思えるような政策があったとしても、
それを上回る、国民の誰もが拒否反応を示すであろう政策が出てくることでしょう。
そしてなにとぞ大新聞を初めとするマスコミの言うことは正しいと、
頭から信じて疑わない姿勢だけは見直して頂きますよう、これだけはお願い致します。
具体的には、国民の共感を得られそうな法案提出時に関しては、国会中継を許し新聞も大々的に報道するが、
国民の共感が得られそうにない法案の提出時の国会中継は許さず、新聞もそのことを報道しない、
というようなことです。
そしてくれぐれも日本人の心だけは失わないでいて欲しい、そう願うばかりです。
自民党の急務は公明党との決別であり、官僚依存からの脱却であります。
そして地道に自らの信ずる道を歩んで行けば必ずや近い将来日の目を見ることもあることでしょう。
今度のことは自民党を根本から見直すチャンスにして欲しい、切に思います。
私もなんだか憑き物が落ちた感がします。
当分このブログで政治的発言は差し控え、元のスタンスに帰ることとします。
ここまで民主党に数を与えてしまった日本民族・・・。
こうなった以上、民主党に数をお与えになった日本の皆様におかれましては、
どうぞこれから彼らが何をするかをよーく観察されんことをひたすら願うばかりです。
そして民主党の正体を見極めて欲しいと思います。
具体的には、あるいは「よくやってくれた」と思えるような政策があったとしても、
それを上回る、国民の誰もが拒否反応を示すであろう政策が出てくることでしょう。
そしてなにとぞ大新聞を初めとするマスコミの言うことは正しいと、
頭から信じて疑わない姿勢だけは見直して頂きますよう、これだけはお願い致します。
具体的には、国民の共感を得られそうな法案提出時に関しては、国会中継を許し新聞も大々的に報道するが、
国民の共感が得られそうにない法案の提出時の国会中継は許さず、新聞もそのことを報道しない、
というようなことです。
そしてくれぐれも日本人の心だけは失わないでいて欲しい、そう願うばかりです。
自民党の急務は公明党との決別であり、官僚依存からの脱却であります。
そして地道に自らの信ずる道を歩んで行けば必ずや近い将来日の目を見ることもあることでしょう。
今度のことは自民党を根本から見直すチャンスにして欲しい、切に思います。
私もなんだか憑き物が落ちた感がします。
当分このブログで政治的発言は差し控え、元のスタンスに帰ることとします。
あぁもう・・・、こんなことこのブログに載せるのが段々苦痛にさえなってきました。
本来、音楽にまつわる日常の思いを自由に書きたいと思っているのに、
何故か最近はもうそんなこと書く気にもなりません。
なにかまるで見えざる力に動かされているかのようです。
各報道によると、民主党の大勝利は単独過半数の勢いであるといいます。
これ、もうホントに心を痛めます。日本はどうなってしまうのでしょう。
先稿で民主党は一体どこの国の党?・・・と嘆きました。
ついにある特定国の大団体が民主党支援を決定したとか・・・。
一体どこの世界に他国の大いなる期待を一身に受ける政党があるでしょうか。
日本人よ、その実態に早く気付いてくれー!
先日テレビで金美齢氏も言ってましたが、誠に日本人は単一方向の民族性なのですね・・・。
もうこれはどうにも止められません。
わずか4年前にはあの小泉劇場がありました。
それっとばかりに大半の国民が同一方向を向いたのです。
金氏は、日本が日清・日露の戦争に勝利したことが、
軍部に自信を与えてしまい、調子に乗ってしまったともおっしゃってました。
そういう背景のもと、国民全体が戦争への同一方向を向いてしまった・・・
と言えるのかも知れません。
自民党は、国民の怒りを買いました。
その第一点は、私は政官癒着と見ます。その象徴が「天下り」です。
今の自民党ではこれを禁止してしまうのはできないでしょう。
長年政権の座にあったが故の癒着だからです。
第二点は、各世代に重くのしかかる生活不安でしょう。
若い世代では就職難、高齢者にはずさんな年金政策等々・・。
これらの問題は思い切った大胆な政策しか解決策はないのに、
長年しみついた恐怖jから消費税率アップが実行できないできました。
第三点には隣国諸国に対して毅然とした態度がとれない情けない姿勢。
首相の靖国不参拝はその象徴です。
一体どこの国に、自国のために尊い命を捧げた若者達になんの挨拶もしない首長がありますか!
実際には、もうこんなことより、日本はもっとしなければならないことがあるはずです。
それは新憲法の公布です。
日本人はいつまで後生大事に米国産憲法を守っているのでしょう。
安倍前首相がせっかくやりかけた憲法改正へ向けた動きが、
宙に浮いた年金騒動で止まってしまいました。
日本は一日も早く自分の言葉で自分のことを決めねばなりません。
そんな基本的なこともいまだやり遂げていないでいます。
こんな国は世界広しと言えども日本だけでしょう、恐らく。
確かに自民党は数々の罪があり、日本国民は怒っています。
しかしだからといって民主党に少しでも政権を渡してしまうと、もっともっとひどい状況が起きるに違いありません。
本当に中国が言ったように、20年で日本は消えてしまうかもしれません。
消えてしまうというのは、隣国にのっとられてしまい、
日本人はその勤勉を隣国のために捧げなければならない日がやってくるということです。
その足がかりがこの政権交代です。
ですから隣国は大喜びで大いに期待しているのです。
こんなことにでもなってしまうと、本当に日本の偉大な先人達に申し訳ない、
痛切に思います。
本来、音楽にまつわる日常の思いを自由に書きたいと思っているのに、
何故か最近はもうそんなこと書く気にもなりません。
なにかまるで見えざる力に動かされているかのようです。
各報道によると、民主党の大勝利は単独過半数の勢いであるといいます。
これ、もうホントに心を痛めます。日本はどうなってしまうのでしょう。
先稿で民主党は一体どこの国の党?・・・と嘆きました。
ついにある特定国の大団体が民主党支援を決定したとか・・・。
一体どこの世界に他国の大いなる期待を一身に受ける政党があるでしょうか。
日本人よ、その実態に早く気付いてくれー!
先日テレビで金美齢氏も言ってましたが、誠に日本人は単一方向の民族性なのですね・・・。
もうこれはどうにも止められません。
わずか4年前にはあの小泉劇場がありました。
それっとばかりに大半の国民が同一方向を向いたのです。
金氏は、日本が日清・日露の戦争に勝利したことが、
軍部に自信を与えてしまい、調子に乗ってしまったともおっしゃってました。
そういう背景のもと、国民全体が戦争への同一方向を向いてしまった・・・
と言えるのかも知れません。
自民党は、国民の怒りを買いました。
その第一点は、私は政官癒着と見ます。その象徴が「天下り」です。
今の自民党ではこれを禁止してしまうのはできないでしょう。
長年政権の座にあったが故の癒着だからです。
第二点は、各世代に重くのしかかる生活不安でしょう。
若い世代では就職難、高齢者にはずさんな年金政策等々・・。
これらの問題は思い切った大胆な政策しか解決策はないのに、
長年しみついた恐怖jから消費税率アップが実行できないできました。
第三点には隣国諸国に対して毅然とした態度がとれない情けない姿勢。
首相の靖国不参拝はその象徴です。
一体どこの国に、自国のために尊い命を捧げた若者達になんの挨拶もしない首長がありますか!
実際には、もうこんなことより、日本はもっとしなければならないことがあるはずです。
それは新憲法の公布です。
日本人はいつまで後生大事に米国産憲法を守っているのでしょう。
安倍前首相がせっかくやりかけた憲法改正へ向けた動きが、
宙に浮いた年金騒動で止まってしまいました。
日本は一日も早く自分の言葉で自分のことを決めねばなりません。
そんな基本的なこともいまだやり遂げていないでいます。
こんな国は世界広しと言えども日本だけでしょう、恐らく。
確かに自民党は数々の罪があり、日本国民は怒っています。
しかしだからといって民主党に少しでも政権を渡してしまうと、もっともっとひどい状況が起きるに違いありません。
本当に中国が言ったように、20年で日本は消えてしまうかもしれません。
消えてしまうというのは、隣国にのっとられてしまい、
日本人はその勤勉を隣国のために捧げなければならない日がやってくるということです。
その足がかりがこの政権交代です。
ですから隣国は大喜びで大いに期待しているのです。
こんなことにでもなってしまうと、本当に日本の偉大な先人達に申し訳ない、
痛切に思います。
