[PR]無料アクセス解析/無料掲示板/無料掲示板・日記/画像掲示板・日記/掲示板・チャット  ナツメロオーケストラ     ービオラ奏者の独り言ー
歯磨き粉??
(日本国民よ、彼等の正体に早く気付いてくれー!)

最近、テレビを見ていて、若者達の使う言葉使いが大変気になることが多いのですが、
特に最近強く興味を持ったのが「歯磨き粉」です。
確かに終戦直後には歯磨き粉なるものは存在していましたが、ほんの数年でチューブに入った練り歯磨きに取って代わられて久しい。
だから君達はそんなの見たこともないはずでは?と突っ込みを入れたくなります。

この歯磨き粉、結構大きいカンカンに入っていて、家族共通で使ってましたね。
歯ブラシを水に濡らしてからちょんちょんと2回ほどつけると、歯ブラシに白い粉がまとわりつきます。
白の他にピンクとかもあったような気がします。
そうとうきついハッカの味とスースーするある種の爽涼感がありました。
ここにも家族共通で使用すると言う所がやはり強い絆を感じますね。
しかしそれもほんの数年でチューブの練り歯磨きに変りました。
そしてもう50年以上経っているのではないでしょうか。
もうそんなこともすっかり忘れていると言うのに若い人達が「歯磨き粉を使う」というのを聞くとやはり違和感を感じてしまいます。

それで、たまたま家に帰ってきていた娘に聞いたのです。
「近頃の若い者が何故練り歯磨きのことを歯磨き粉と言うの?」
あまり期待もしていなかったのですが、こんな答えが返ってきて少々驚きました。
「それは筆を入れたことないのに筆箱と言ったり、下駄なんか入れないのに下駄箱と言ったりするのと同じじゃない?」
つまり、もうその実態は廃れてしまったが言葉だけが残ったと言うわけです。
しかし、筆箱には鉛筆という筆が入っているし、下駄箱と言う言葉も靴箱という言葉に取って代わられつつあるじゃないかと突っ込みたくなりましたが、
成る程そういう言葉もあるだろなと、ここは素直に生まれて初めて娘の言葉に感心したのでした。
ソーリャー!ソーリャー!!
10月ももう数日経ちました。まだまだ暑いという人もいれば、すっかり秋らしくなったと感じる方もいます。
我が町はすっかり秋祭りの真っ最中です。エッサ、ホイサッの掛け声も勇ましく、だんじりが走ります。いつもながらの秋の風景で、若者達の熱気と共に我が町の秋は深まって行きます。
こういったお話を他市の方にしますと必ず聞かれるのが「岸和田のだんじりのような大きい本格的な山車ですか?」という質問です。
どうやら、他市や他府県の方は、岸和田以外のだんじりは小型のおもちゃみたいなものを引っ張っているものと思い込んでいる節があります。
それほど岸和田のだんじりの印象は強烈で、そのほかの地域のだんjりはその真似事のように思っておられるようですが全く事実とは異なります。
泉州地方の秋祭りは、ほとんどがだんじり祭りで、その地域をにぎやかに引き回した後、
神社に奉納する神事なんですね。
ですからどこそこの神社に奉納するだんじりは大型で、
どこそこの神社に奉納するだんじりは小型なんていうえこひきはありえません。
どこのだんじりも何トンもある重厚な造りになっていて、至る所立派な彫刻が施してある高価なものです。大屋根には若者が乗って勇ましく跳ね回るのもどこも同じです。
これも新聞テレビの報道が、秋祭りと言うと必ず岸和田のだんじりしか取り上げないからでしょう。
ですから、泉州の秋祭りと言えばだんじり、だんじりといえば岸和田の図式が出来上がってしまっています。
かくしてそのほかの地域のだんじりは岸和田の真似事=小型のおもちゃを曳いているということになるのでしょう。
なんのなんのそれどころか、我が家のほん近くに我が地域のだんじり格納庫があるのですが、
毎年朝早くからコンチキチン・・コンチキチン・・と鐘太鼓を打ち鳴らして出陣して行くのを聞きますと、
この歳になってもお尻がフワフワしてなんとなくソワソワしてきます。
それに、やはり「やりまわし」なども豪快にやるコーナーもあって、
たまに死人の出る事故もあります。

この時期になるといつも思うのがあの勇ましい掛け声です。
エッサ・ホイサとかソーリャー・ソーリャーとか、走っている最中の掛け声です。
それに、走り出そうぜーと言わんばかりの掛け声に「テンテケーテン・シャボテン・ソリャ・ヤーヤー」というのもあります。
これら昔から使われている言葉には思いがけない語源があるといわれています。
そのひとつがヘブライ語ではないかという説です。
例えば
「ワッショイ」はヘブライ語で見ると「我、神を讃えまつらん」 となるそうですし
「ハッケ・ヨイ」は「投げうて・よろしく 」になるそうです。

日本は歴史の古い延々と続いてきた民族なだけに、日常的に色々と不可思議なことが潜んでいて実に興味深いですね!



それでもやって来ている宇宙人
この真っ暗な宇宙にぽっかりと浮かんでいる青く輝く美しい地球。
この星を見つけた人がいたらきっと興味を抱くに違いありません。
松尾貴史氏はやってくるはずがないとおっしゃいます。
私はやって来る、いやもうすでにやって来ていると思っています。
ここはどうしてもひとつ反論を試みるしかありません。

まず「誰が好き好んで自分達の最高技術を駆使して、何千年も何万年もかけて、
彼らにしてみれば未開の地球人などに会いに来るものか。」
についてです。
確かにすぐお隣の文明人がいそうな星でも何百光年から何万光年の距離にあります。
こんな遠い星へ飛行するのは並大抵のことではない、と私達は考えます。
いくら文明が進んでも、光速で飛行することすら不可能だと言うことも良く知られています。
しかしこれは私達の考えの及ぶ範囲でのお話です。
私達が見たこともない星の人たちは、当然私達の考えの及ばない方法で自由に宇宙を行き来しているに違いありません。
良くSF映画ではワープ航法と言ったものが使われますが、私は可能性があるとすれば「瞬間移動」なる「精神」の世界であろうと思っています。
人間の頭脳は10%ぐらいしか使っていないと言われます。
もしそれが本当なら、使っていない部分は、
精神をコントロールする能力をではないかと常々思っています。
そして文明が発達し、科学が発達すれば、その能力が科学的に解明され、
誰でもその能力を使用できる時代が来るであろうと思っています。
これも松尾氏にばっさり斬られることと思いますが、
この世にはどうしても科学だけでは説明できないことが結構あると主張する人が後を絶えません。
私達にはそういう声を全く否定してしまうだけの根拠を持たないことも事実です。
また、誰が好き好んで・・・の下りですが、これが文明人の特性だと思うのです。
地球人でも、単に「誰が好き好んで」とバッサリ言ってしまうほど単純ではありません。
大航海時代というのがありました。
彼らが何年も掛けて危険な航海へと駆り立てたものはなんだったのでしょうか。
それは「好奇心」そのものであったと思います。
好奇心が持てる文明人は発達します。好奇心こそ文明の発達の源と私は思います。

次に「人類の歴史といっても、地球の誕生から現在までの約46億年を1日に置き換えると、何秒かにすぎない。だから、他の文明と時間的に重なる可能性はきわめて低い」についてです。
このアイデアがこの本の全てと書きました。確かにこの説には意表をつかれましたね。
彼はこの時間を6秒であると言っているのです。
それで、ちょっと逆算してみようと思いました。
地球の誕生が46億年前と言うのはいろんな人の説が一致しているようです。
とすると彼は人類の歴史は約30万年前としていることが分かります。
これは現代人と同じ種類の新人と呼ばれる人類が出現した頃と合致します。
彼は、宇宙人が地球にやって来る可能性について、何故新人の出現以降に限ったのか。
その意図は「異文明が重なる」ということを意識したものであるらしい。
私は、この宇宙にぽっかりと浮ぶ青く輝く美しい星に興味を持つ文明人が必ずあると言っているのです。
ですから私は、異星人が地球に気付くのは地球が青く輝き出した頃からと考えます。
それは地球が大気に包まれ出した頃と言うことが出来ます。
一般的には、海に藻類が出現して光合成を始めたのが約30億年前、
そしてその進化した植物が陸地に上がってきたのが約4億年前とされています。
ですから地球が大気に包まれたのは4億〜30億年前ということになりますが、
大変な幅の広さです。
これを松尾流に一日に換算すると 約2時間〜15時間となります。
最も短く見積もっても2時間。
こんな風に1日に換算するのがどれほどの意味を成すのか、
はなはだ疑問ですが少なくとも6秒よりは遥かに長く、
これなら異星人文明と青い地球との重なりがあるのではないでしょうか。

以上ささやかな反論でした。


なぜ宇宙人は地球に来ない?
先稿で地球外生物はこの青い星をどこかから観察していることだろう、と書きました。
書いたちょうどその日、産経抄にタレントの松尾貴史氏の説が紹介されたのです。

以下産経抄からの引用です。

しかし、たとえ宇宙人がいたとしても「空飛ぶ円盤」のように地球に現れることはあり得ない。そう力..説しているのが、テレビなどでもおなじみ、松尾貴史さんの著書『なぜ宇宙人は地球に来ない?』である。天文学の専門家ではないが、その理由には説得力がある。

 ▼何百光年、何万光年離れたところに、知的生命(宇宙人)がいたとする。それが光の10分の1のスピードを持った乗り物を持っていても地球まで何千年、何万年かかる。誰が好きこのんでそれだけの時間をかけ「未開の地球人」に会いに来るだろうか、というのだ。

 ▼それに人類の歴史といっても、地球の誕生から現在までの約46億年を1日に置き換えると、何秒かにすぎない。だから、他の文明と時間的に重なる可能性はきわめて低いというのだ。
(以上引用)

ふーんあの方がそんなこと書いてんのか・・・と早速かの本を購入し読んでみました。
読んで見てすぐがっかりしましたね・・・。
さぞかしもっともっと色々宇宙人の疑問が書かれているものと思っていたら、
どうやら世の中のオカルト的現象・怪奇現象・まことしやかに吹聴されている話題全般について、
バッサリ切り込むことを意図した本のようであります。
つまり、例えば「ミステリーサークル 意外と簡単に作れます」
「スプーン曲げ 誰でも簡単に曲げれます」「姓名判断 同姓同名の人は同じ運命なのか」
・・・といった具合です。
いずれもなかなか色々調べておられるようで、いろんな学舎の名前や学説が出てきてこの方らしい切り込み方と思いました。
でも全般にもひとつ興味をそそることはなく、目新しい内容でもないので失礼ながら途中で捨ててしまいました。(笑)
この本の価値はまさしく「宇宙人 いたとしても地球には来ない」にあります。
このフレーズとその内容の斬新さは他の記事を圧倒していますね。
この本はこの記事だけで充分で、他の記事は本の厚みを増やすためのいわゆる「ブック商法」そのものだと言う感じです。
そう思ってもう一度見ますと、他の話題は「切り込みやすい」記事ばかりです。
そういう観点から書くとすればこうなるだろうなと思えるような内容になっています。
だからつまらないと感じたのでしょう。

実はこの本を読み始めてすぐに「この人は四柱推命をどう書くのだろう」と、
後に出て来るであろう記事を楽しみにしていたのです。
しかしなかなか出てこないので途中で目次を探しましたがついに見当たりません。
タロットを斬り、姓名判断を斬り、血液型を斬り、筮竹を斬って来たら、
その次には四柱推命を斬らねばなりません。そういえば手相や人相も斬ってないな・・・。
いろんなことを気にする人にエールを送るのがこの本の目的ならば、
徹底的にやらないと、避けたところがあると余計気にする人は気にするのではありませんか?
さすがに「四柱推命」「人相」「手相」をばっさり斬るだけの資料が揃わなかったと見えます。
斬りやすいものを斬り、どうでもいい記事を増やして頁を増やす「ブック商法」そのものですね。
やはりこの本は最初の「宇宙人 いたとしても地球には来ない」を思いついた
そのアイデアが全てだったのです。

しかし、このアイデアは私の先稿の主張を真っ向から反論しているのでちょっと反論したくなってきました。
本日は長くなってきたのでこの次に・・・。

地球は青い!
その昔、世界初の有人人工衛星でソ連の宇宙飛行士ガガーリンは
「地球は青かった。」という名せりふを残しました。
私達は「へぇ青いんや」としか言いようのなかったのが、
現代では私達の目でもそれを見る事が出来るようになりました。
それも日本の技術で実現できたのでした。
日本の月周回人工衛星「かぐや」から送られてきた満月ならぬ満地球の姿は、
私達に感動を与えてくれましたね。確かに地球は青かったのです。

しかし何故青いのか、そんな疑問は誰も口にしなかったです。
当然・・・?何故・・・?
何故空は青いのかって誰しも一度は思ったことがあるはずなのに,
地球が青いことには疑問を感じないのは何故なんでしょう。
実はこの私も何の疑問も感じませんでした。
地球の海は地表面の70%を占めると言いますからもう大部分が青い海です。
ですから全体に青いのは当たり前、となんとなく思ってました。
ところがこれ、どうやら地球が青いのは海の青さが反映しているのではなく、
やはり空が青いのと同じ理由によるのだそうです。

空が青いのは、太陽光線の内波長の短い光(青〜紫)が、
大気中の粒子に当たって反射するためであることは良く知られてますね。
この反射ですが、当然全方位に向けて反射するため、
どこから見てもこの青い色が見えると言うことになります。
今回「かぐや」が送ってくれた映像はせいぜい月から見た地球ですから、
結構至近距離で白い雲なども見えてましたが、
もっともっと遠くから地球を見ると完全に青く輝く美しい星であることでしょう。
青く見えるのは、別に海の色が反映されたのではないのです。
太陽の光に照らされた大気があるからなんですね。

しかし時々思うのですが、こんな星は珍しいはずです。
もしも高度な文明を持つ地球外生物がいたら、
即座に地球の特異な存在に気付くはずです。
こんなに青く輝く美しい星に気付かないはずがありません。
相当以前から・・・地球が生まれてすぐぐらいには気付いていたと思うのです。
そして有史以前から注意深く観察していた地球外生物がいたとしても決して不思議ではないと思います。
地球外生物らしきものが、UFOらしきものに乗って空から降りてきた・・・
というような話は日本の天孫降臨を始めとして世界各国にあるそうです。
旧約聖書にもそれらしい記述があるといいます。

望遠鏡の発達で宇宙の果てまで見通せる時代になってきました。
もうすさまじいまでの星の数。
いまや地球と同じような環境の星の存在はゴマンとあると言われています。
しかし、まだ地球を乗っ取ろうとして来た文明人は現れていませんね。
これも実に不思議な話です。
これはひょっとしたら、この宇宙は強力な管理体制が敷かれた統制の下にあるのかもしれません。
その実態が私達に知らされるのはいつの頃なんでしょう。
思いは宇宙を駆け巡ります。




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