[PR]無料アクセス解析/無料掲示板/無料掲示板・日記/画像掲示板・日記/掲示板・チャット  ナツメロオーケストラ     ービオラ奏者の独り言ー
小さなヴィオラ?大きなビオラ??大きなヴィオラの小さいヤツ???・・・(その3)
大きいヴィオラと言えば、チェロを飛ばしてコントラバスにまで行ってしまうというのはなんか飛躍を感じますね。
でもやはりそれには理由があるらしい。

低い音を出そうとすると・・・例えば1オクターブ低い音を出すには2倍の長さの弦が必要です。
この根本原理を忠実に従わざるを得なかった時代では、ベースの音域を出すにはコントラバスぐらいの大きな楽器でないと長い弦が張れなかった。
ですからヴァイオリンが出現し、弦のアンサンブルが行われるようになってきたとき、
低音楽器にはコントラバスみたいな’大きなヴィオラ’が使われていたのでしょう。

しかし、当然指間隔が広くなるため演奏が困難です。
また弦の’ふるえ’が大きいため、小指単独では対抗できないので薬指と一緒に2本指で弾きます。
これではなかなか小回りがきかず速い動きは無理でしょう。
それでも世の中には、コントラバスでヴァイオリンの難曲チゴイネルワイゼンを弾いてしまうという、
すごい人もいるのですが・・・。
普通はこんなことは奇跡に近い。
そこへ登場したのが巻き線です。
低音を得る方法として長い弦の代わりに太い弦が開発されたのですね。
ガットのような繊維質の芯に金属線を巻きつけて弦を太くします。
この巻き線の技術が開発され、太い弦の使用が可能になったことで弦の長さを短くすることが出来、
これで楽器の大きさがぐっとコンパクトに出来た。
そして待望のチェロが誕生した・・・。
実際に見たわけではないので想像ですが、まぁ・・・当たらずとも遠からずでしょう。

こうしてチェロが出現したとき、イタリアの人はこの楽器になんと名づけたか。
Violone+cello=Violoncello (ヴィオロンチェッロ)  意味は「小さいヴィオローネ」
つまり ここでは「小さい」という意味を表す接尾語にcelloという語句を使用したんですね。
ですから私達がcello(チェロ)と言っているのは実は省略形で、
正式名は Violoncello (ヴィオロンチェロ)ということになります。
・・・ということは・・? もともとVioloneは「大きいヴィオラ」と言う意味でしたから、
つまりチェロは 「大きいヴィオラの小さいヤツ」ってなことになるのですね・・・。
いやー、あの素晴らしい風格と音を奏でるチェロが、このような扱いを受けているとは・・・。

どうやらイタリア人はどうも長ったらしい名前をつける風習があるようです。
ピアノも元々は「ピアノフォルテ」から来ているってことは良く知られていますが、
これも実はその昔 「クラヴィチェンバロ・コル・ピアノ・エ・フォルテ」と呼ばれていたそうです。
この意味は「強音も弱音も出せるチェンバロ」ということになるらしい。
いやー面白いです!!

面白いと言えば、
この記事を書いている最中に、この歳になるまでついぞ気付かなかったことに気付きました。
私はその昔、オーケストラのスコアを良く見たことがありますが、
チェロパートにはてっきり Violincello と記されているとばかり、つい今の今まで思っていました。
えー?とばかり家中のミニスコアを見てみると、
いずれもちゃんと Violoncello となっているではありませんか!
あー長いこれまでの人生の中で、きっと 
チェロパートに Violincello と大真面目に書いて人に配布したこと、
一度や二度あるいはもっとあったに違いありません。
知らないと言うのは恐ろしい、知らぬ間に恥をかいていたのです。
恥ずかしいオチまでついてしまいました。



小さなヴィオラ?大きなビオラ??大きなヴィオラの小さいヤツ???・・・(その2)
ヴァイオリンはイタリア語ではヴィオリーノ(violino)と言い、
これは小さいヴィオラという意味になるということを聞いたときちょっと不思議な感じになりました。
というのは、音楽の出前演奏をする時に行う「楽器紹介」で、
良くヴァイオリンとヴィオラを並べてみなさんに見せるのですが、
当然「おー、ヴィオラっていうのはヴァイオリンよりちょっと大きいねんなー。」って反応になるのですね。
つまり、日本人の頭には先ず先にヴァイオリンがインプットされており、、
ヴァイオリンを基準にヴィオラを見ると言うことです。
所がイタリアではこれが逆になり、ヴィオラを基準にヴァイオリンを見た結果violinoという名称になったと言うことです。
とすると、イタリアでヴァイオリンが出現したとき、もう既にヴィオラが存在していたということになります。

そこでヴィオラの歴史について調べてみました。
そして分かってきたことは、ヴィオラという言葉は擦弦楽器全般を示す言葉と言うことです。
ですから、足で楽器をはさむようにして弾く楽器はヴィオラ・ダガンバ(脚のヴィオラ)、
腕の上に乗せて弾く楽器はヴィオラダブラッチョ(腕のヴィオラ)とかそのほかいろいろな種類がありますが、
大概なんとかのヴィオラと言う風にヴィオラの仲間であるような名称になっています。
ただし、この場合のヴィオラという言葉は擦弦楽器あるいは弓奏楽器の総称として使われています。

としますと、現在で言うところのヴィオラはいつ出現したのでしょう。
残念ながらはっきりしたことは分かりませんが、ヴァイオリンが出現し、
オーケストラや室内楽が行われるようになると、
中音域の楽器や低音域の楽器が必要とされるようになって、
今日のヴィオラやチェロが生まれてきたと思われます。
violaは英語もイタリア語も同じですが、フランス語ではalto(アルト)なんですね。
ヴァイオリンの場合にもそうでしたが、フランス語では何事もちょっと他とは違いますね。
ちなみにアルトは中音域のことを指しますから、
そういう意味では擦弦楽器の総称であるヴィオラと言うぼんやりした言葉を使うよりは明確な気はします。
あるいは、ヴィオラダガンバにはその音域によって、
トレブル(フランスではドゥシュ、ドイツではディスカント)、アルト、テノール、バスと分かれていたそうですから、
アルト・ヴィオラ・ダ・ガンバと言っていたのをそのアルトだけ取ったのかもしれません。
また何故ヴィオラが、かつての擦弦楽器の総称という大きな名称を受け継ぐと言う栄誉?をもらったのか、
という新しい疑問も出てきますがそれはまた後日にでも。

次に私の好奇心が目をつけたのが、小さいヴィオラがあるのなら大きなヴィオラもあるのではないかということでした。
ピンポーン!ありましたありました、それがヴィオローネvioloneなんだそうです。
これはヴィオラのviolaに拡大の意味を表す接尾語-oneがついてvioloneとなったそうです。
つまり大きなヴィオラと言うことになります。
でも現在ではこんな名前の楽器はありません。
さて、これは今で言うところのなんと言う楽器でしょうか?
答えはコントラバスなんです。
私はてっきりチェロではないかと思いました。

大きいヴィオラが何故チェロではなくコントラバスにまで一足飛びに行ってしまうのか、
興味は尽きません。

















小さなヴィオラ?大きなビオラ??大きなヴィオラの小さいヤツ???・・・
この前ヴァイオリンの神秘という記事を書きました。
これを書きながら考察を練っていたら、私の長年の疑問が解けていくと言う奇跡を味わい、
最近のブログの中でも会心の出来と思っていました。
所が私達の仲間のHさんに「むずかしくてなんだか良く分からなかった」との御感想をお聞きしました。
どうやら、その奇跡に興奮した結果、人に読んで頂くというより、自分用のメモみたいになっていたのかもしれません。
Hさん、もう少しお待ち下さい、別の機会にもう少し整理して再度書きたいと思っています。
本日はヴァイオリンの少し別の話題を・・・。

ヴァイオリン(violin)という名称は誰でも良く御存知のことと思います。
そしてこれは実は英語なんですね。
ドイツ語ではヴィオリーネ(Violine)とまぁ似通った言葉です。
それがフランス語ではヴィオロン(violon)というんですね。
これ、ちょっと変化を感じます。
この言葉は、これまでの人生の日常生活の中では出ることはなかったです。
でも知らないわけではない、ある特殊な場面でのみ知ることとなりました。
それがこの詩ですね。


秋の日の 
ヴィオロンのためいきの
身にしみて
ひたぶるにうら悲し。

鐘のおとに 
胸ふたぎ色かえて 
涙ぐむ
過ぎし日のおもいでや。

げにわれはうらぶれて 
ここかしこさだめなく 
とび散らう落葉かな。

-[1844-96] フランスの印象派詩人 ポール・マリー・ヴェルレーヌ「落葉」(上田 敏訳)より- ■

上田敏さんのこの名訳で超有名となり、私なんかの目にも触れることとなりました。
このような詩を読みますと、本当に日本語の美しさを思い知らされます。
今まさに秋もたけなわ、ドンピシャですね。
フランス人の原詩によるものですから当然ヴィオロンという言葉をお使いになったと思います。
でも、この詩は他にも訳詩された方が数人おられるようですが、いずれもヴァイオリンと言う言葉になっています。
かくして私達は、上田敏さんの感性によってヴィオロンという言葉を知ることになったのですね。

さて、ヴァイオリンは元々16世紀の初めごろといいますから、日本ではまだ安土桃山時代。
今まさに世は戦国時代に突入しようとしていた頃です。
北イタリアのとある小さな町・・・ミラノ辺りに突如として出現したと言われています。
「ヴァイオリンの神秘」で書きました中国は西方の遊牧民族の楽器が、
300年かかってかの地で生まれ変わったのです。
しかも完璧な・・完成された楽器として出現したといいます。
それどころか、かつてのクレモナの名匠たちの楽器を超えることはもうないだろうとまで言われています。
ほかの楽器、ピアノや管楽器は年々発達してきたことを思うと、
まさに神秘の楽器と呼ぶにふさわしいと思えてきます。

その本場イタリアではヴァイオリンのことをヴィオリーノ(violino)と言います。
この言葉はヴィオーラ(viola)という言葉に小さいと言う意味を表す接尾語-inoがついて出来た言葉だそうです。
つまり、そうすると「小さなヴィオラ」という意味になりますね。
ふーん、そうするとヴィオラの方が先に生まれたのか・・・と思ったことからこの「記事は発展して行きます。

少し長くなってきたのでこの辺で次回に・・・。



歯磨き粉??
(日本国民よ、彼等の正体に早く気付いてくれー!)

最近、テレビを見ていて、若者達の使う言葉使いが大変気になることが多いのですが、
特に最近強く興味を持ったのが「歯磨き粉」です。
確かに終戦直後には歯磨き粉なるものは存在していましたが、ほんの数年でチューブに入った練り歯磨きに取って代わられて久しい。
だから君達はそんなの見たこともないはずでは?と突っ込みを入れたくなります。

この歯磨き粉、結構大きいカンカンに入っていて、家族共通で使ってましたね。
歯ブラシを水に濡らしてからちょんちょんと2回ほどつけると、歯ブラシに白い粉がまとわりつきます。
白の他にピンクとかもあったような気がします。
そうとうきついハッカの味とスースーするある種の爽涼感がありました。
ここにも家族共通で使用すると言う所がやはり強い絆を感じますね。
しかしそれもほんの数年でチューブの練り歯磨きに変りました。
そしてもう50年以上経っているのではないでしょうか。
もうそんなこともすっかり忘れていると言うのに若い人達が「歯磨き粉を使う」というのを聞くとやはり違和感を感じてしまいます。

それで、たまたま家に帰ってきていた娘に聞いたのです。
「近頃の若い者が何故練り歯磨きのことを歯磨き粉と言うの?」
あまり期待もしていなかったのですが、こんな答えが返ってきて少々驚きました。
「それは筆を入れたことないのに筆箱と言ったり、下駄なんか入れないのに下駄箱と言ったりするのと同じじゃない?」
つまり、もうその実態は廃れてしまったが言葉だけが残ったと言うわけです。
しかし、筆箱には鉛筆という筆が入っているし、下駄箱と言う言葉も靴箱という言葉に取って代わられつつあるじゃないかと突っ込みたくなりましたが、
成る程そういう言葉もあるだろなと、ここは素直に生まれて初めて娘の言葉に感心したのでした。
ソーリャー!ソーリャー!!
10月ももう数日経ちました。まだまだ暑いという人もいれば、すっかり秋らしくなったと感じる方もいます。
我が町はすっかり秋祭りの真っ最中です。エッサ、ホイサッの掛け声も勇ましく、だんじりが走ります。いつもながらの秋の風景で、若者達の熱気と共に我が町の秋は深まって行きます。
こういったお話を他市の方にしますと必ず聞かれるのが「岸和田のだんじりのような大きい本格的な山車ですか?」という質問です。
どうやら、他市や他府県の方は、岸和田以外のだんじりは小型のおもちゃみたいなものを引っ張っているものと思い込んでいる節があります。
それほど岸和田のだんじりの印象は強烈で、そのほかの地域のだんjりはその真似事のように思っておられるようですが全く事実とは異なります。
泉州地方の秋祭りは、ほとんどがだんじり祭りで、その地域をにぎやかに引き回した後、
神社に奉納する神事なんですね。
ですからどこそこの神社に奉納するだんじりは大型で、
どこそこの神社に奉納するだんじりは小型なんていうえこひきはありえません。
どこのだんじりも何トンもある重厚な造りになっていて、至る所立派な彫刻が施してある高価なものです。大屋根には若者が乗って勇ましく跳ね回るのもどこも同じです。
これも新聞テレビの報道が、秋祭りと言うと必ず岸和田のだんじりしか取り上げないからでしょう。
ですから、泉州の秋祭りと言えばだんじり、だんじりといえば岸和田の図式が出来上がってしまっています。
かくしてそのほかの地域のだんじりは岸和田の真似事=小型のおもちゃを曳いているということになるのでしょう。
なんのなんのそれどころか、我が家のほん近くに我が地域のだんじり格納庫があるのですが、
毎年朝早くからコンチキチン・・コンチキチン・・と鐘太鼓を打ち鳴らして出陣して行くのを聞きますと、
この歳になってもお尻がフワフワしてなんとなくソワソワしてきます。
それに、やはり「やりまわし」なども豪快にやるコーナーもあって、
たまに死人の出る事故もあります。

この時期になるといつも思うのがあの勇ましい掛け声です。
エッサ・ホイサとかソーリャー・ソーリャーとか、走っている最中の掛け声です。
それに、走り出そうぜーと言わんばかりの掛け声に「テンテケーテン・シャボテン・ソリャ・ヤーヤー」というのもあります。
これら昔から使われている言葉には思いがけない語源があるといわれています。
そのひとつがヘブライ語ではないかという説です。
例えば
「ワッショイ」はヘブライ語で見ると「我、神を讃えまつらん」 となるそうですし
「ハッケ・ヨイ」は「投げうて・よろしく 」になるそうです。

日本は歴史の古い延々と続いてきた民族なだけに、日常的に色々と不可思議なことが潜んでいて実に興味深いですね!



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